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このカット、見覚えがある方も多いと思う。最近TVで頻繁に流されている日本生命のコーポレートイメージのCFのひとコマだ。いつも何気なく観ている夜のニュースで、ほぼ毎日のように観ているCFだが、何となくこれ、気に入っている。ちょっと好きなのだ。ご存じの方には、わざわざどんなCMか説明する必要もないだろうが、ある駅前を舞台に娘の成長が描かれていくストーリー。小学生から中、高、そしてOLの各時代の娘のしぐさに共通点が見えたりしていいなぁなどと下らない感想を持ったりしている。 バックの細かな風景やらエキストラの服装やらが時代に合わせて変えられているし、娘が小学生の頃は改札横の売店が当時はなかったかような絵になっていたり、細かい所を見ても結構楽しめる。ちなみにこの売店は、今は無人の自販機コーナーになっている。ようく観ると位置が違うのでCFの売店そのものはセットみたいだが、そんなことはどうでもいいや。さすがに電車までは撮影チームも気が回らなかったのか、小学生の時走っているはずのない京王1000系がバックに走っている。昔から走っている今だ現役の3000系が来るのを待てばいいのにと思ったりもした。余計なお世話である。 そう、この駅は京王電鉄の駅。井の頭線の井の頭公園駅だ。最初にこのCFを観た時にすぐ気がつくほどに、神田川がらみでのこの駅の利用回数は多い。そういえば、このblogでも井の頭線のことは以前書いたっけ。でも、改めて観てみるとこの駅前のたたずまい、東京の三鷹市にあるとは思えないほどにいい雰囲気をだしている。考えてみると井の頭線の駅の多くが、昔ながらの駅の良さを保ちつつも、うまく近代化したように思えて仕方ない。付け加えると、京王線の駅は総じてきれい。こういう所に気を配れる鉄道って、やっぱりいいよね。 さて、神田川はこの方向から見ると、画面奥だ。画面左手に公園内に降りていく階段がある。階段を下りてすこし下流に歩くと、川沿いに立つ唯一の桜の樹を目にする。上流側に歩けば川が流れ出す地点はすぐそこ、というロケーション。売店の横には、公園の概略がわかるちょっと年代物の案内板があったが、いつの間にかその位置に公園を見下ろすベンチの置かれたテラスが作られた。そのテラスからならば、すぐ下に神田川の流れを見下ろすことができる。 この駅を起点に歩き始める時、改札を抜けると大体いつも同じような行動を取る。改札の正面にはコンビニがあって、そこでまず飲み物なんかを仕入れる。そしたら、手前に見えている花壇のへりに腰をかけて、カメラを出したりの準備を始めるのだ。ちなみに、その時必ず、駅の方を向いたポジションをとる。カメラを出して、歩くのにとりあえずは不必要なものはバックにしまいこんだら、さぁ始まり。でも、花壇の所に先客がいる日もあるわけで、そんな時はちょっと不機嫌になったりして。私は儀式のごとくいつも同じ行動を取りたがるタイプの人間のようだ。
神田川逍遙を作る過程で、自分の知らない情報を知る必要がでてくることはしばしばだ。図書館に行って、東京都や各自治体が発行する広報を調べたり、直接役所に電話を入れたりすることも多い。最初は、役所に電話を掛けるのをためらうこともあったが、意外と対応がいい。先方の担当者が回答がわからない時、「調べて掛け直す」という対応をしていただいたことも多い。 前の年に作ってしまったので、行きがかり上2004年も作ったのが、「神田川の桜」だ。この年は、開花宣言が戦後2番目という早さで出されたが、その後の天候不順で開花がまったく進まない。開花宣言を基準に予定を組んだが、花が咲かなきゃどうにもならない。当初の予定を白紙に戻して、天候と相談しながらスケジュールの組み直し。途中嫌気がさして今年は止めようかと、本気で考えた。 QTVRを9個載せる。その構成は早くに決めた。神田川全川を3区間に分けて、各3個。桜が咲き始めた所から、順々に撮影を始めた。天候にまだ不安を持っていたので、当初予定していない場所でも作成したりで結果的には13箇所でQTVRしている。あの場所が使えなかったら、という不安要素も抱えていたので、桜が咲いててQTVRできる所ならば、どこでもやってやろうという魂胆だった。 構成上どうも環八〜環七の区間が弱い。木製欄干の栄泉橋の上からのQTVRを狙っていたが、その時、橋にはブルーシートが掛けられていた。とりあえず、何とかページ構成上の数は確保していたが、栄泉橋にはこだわりたかった。で、橋の近くから杉並区に電話。ブルーシートがいつ外されるか。その日程を聞こうと思ったのだ。 そんなこと答えてもらえるか。正直いって、答えが返ってくるとは思わなかった。ところが、電話の向こうの担当者は、私の話を真剣に聞いてくれた。「掛け直しましょう」と言ってくださり、1時間後にちゃんと回答をいただいた。「橋を塗り替えた。その塗装のチェックが、いついつ行われる。その時まで、汚れなどが付かないようにブルーシートをかぶせている。チェックは、いついつ。だから、その日の○○時に撤去予定だ」と。 役所や役人というと、どうも文句をつけたい対象になってしまうが、そうでもない人々は大勢おられる。そんなことを実感した。 これが2004年の桜のページのエピソード。03/04年は、満開で迎える週末前にアップして「今年の桜はこうですよ」とご紹介する、まさにガイドとしてページを作っていた。けれども、今年はちょっと方針転換して「今年の桜はこうでした」というレポートの形にしようかなと考えている。 03/04年とこのページをご評価してくださった皆さん、申し訳ありません。そういうわけでして、今年はちょっと違うページになってしまいます。ご勘弁ください。
断じて自分はアキバ系なんて人種ではない。本気で安値のものを探したり中古品が目当てでない限り、家から近い新宿や池袋でほとんど必要なものは揃ってしまう。だから、アキバ詣でをする必要もない。もし、MacじゃなくてWindowsなんかを使っていたら、自作PCなんてものにはまって秋葉原に通うなんてこともあったかも知れないが。 ところが、中学生の頃、秋葉原に休日になると出掛けていた時期があったのだ。当時持っていたラジカセ用の自作外部スピーカーを作ろうと画策していたのだった。なんのための外部スピーカーかといえば、枕に仕込む小型スピーカーである。用途は、親にばれないようにラジオの深夜放送を聞くためのもの。音だけばれないようにイヤホン使ったら、ある朝起こしに来た親に見つかって没収されてしまったという経緯。てなわけで、同様の悩みを持っていた友人と本気で安値のスピーカーを作るための秋葉原通いが始まるのである。 ところが、中学生であるからには、クリアすべき大きな問題がある。電車賃である。これはとつもない問題だ。さすがに当時はもう小児用切符では通用しなかった。自転車で行ったこともあったが、友達との待ち合わせに不便する。で、通学定期で飯田橋まで来て、そこから歩くというパターンが出来上がった。 飯田橋から秋葉原まで歩くとなると、線路に沿って、つまり神田川に沿って歩くことになる。もちろん、この時期は神田川を意識して歩くことなどはなく、友人とどの店を探そうか、要するにあーでもないこーでもない、なんて話をしながら歩いていたのである。水道橋、お茶の水、そして秋葉原。あっという間に歩ききっていたように記憶している。 ある日のこと、お茶の水橋の手前で神田川へと降りていく管理用らしき道に気が付いてしまい、無性に降りていきたくなってしまった。それまでは全然気にも留めていなかったのに、見つけてしまったら気になって気になって。それとなく、その友人に話してみると「実は俺もだ」ときたもんだ。そうとなったら話は早い、管理用の道の入り口まで引き返して、金網を越える。とっても不思議な感覚だった。都会の真ん中なのに木がこんもりと茂った空間。あっという間に下まで降りた。今まで見たことのない景色にきっとハイになっていたのだろう。で、川沿いをどこまで行けるか、行けるとこまでいってみよう。丸ノ内線の鉄橋まで行きたいね、なんて調子で歩いていく。でも、聖橋の下に着く前に上から声が降ってきた。「そこの二人、さっさと上がってきなさ〜い」と。 どうやらお茶の水のホームから通報があったようだ。そりゃそうだ、ホームから丸見えじゃん。で、お茶の水駅近くの交番で、どのくらいの時間だったかは覚えていないが、たっぷりと油を絞られた。その日は秋葉原まで行くこともなく、すごすご帰宅したように覚えている。もちろん、川へ降りていく道は今でもあるし、その入り口がどこにあるかも特定できている。今は金網を乗り越える度胸、違う違う、理性があるのでやらないけども。 そうそう、肝心のスピーカー。秋葉原なら没収されても大丈夫なくらい、いくつもイヤホンが買えるという現実をすぐに知ることになる。つまり、作らなかったのである。
神田川沿いばっかり歩いているが、別の都市河川でも歩いてみようか、ターゲットを色々考えた。石神井川、野川、思い切って隅田川。で、まずは玉川上水にした。新宿から羽村まで、距離は約43km。ちょっと長いので歩きがいがある。3回に分けて歩くことにした。 最初は、新宿から上北沢まで。スタートからいきなり新宿御苑の散策道のわけで、新宿南口を抜けて、暗渠上の緑道入り口にたどり着く。なんかいつもと違ってていいぞ。笹塚あたりで暗渠が途切れて流れが姿を現す。何となくのってきた。その後、明大前のさきから人影少ない緑道をひたすら歩く。特に何かの発見をするわけでもなく、かといって嫌気がさすようなこともなく上北沢にゴールした。 2回目は暗渠上ではなく、上水脇の歩道を歩ける。玉川上水清流復活の区間である。上水の水そのものはきれいだし、ほとんど土の上を歩けるので、快適に歩く。何度も来ている井の頭公園の西の端をかすめ、三鷹を過ぎると玉川上水は五日市街道に沿うようになる。しかし、小金井を前にして飽きてしまった。上水として作られただけに、最高の効率で水を流すのは当然のこと。つまり、ただただひたすら真っ直ぐなのだ。しかも上水脇の遊歩道を歩くと、すぐそばを走る五日市街道のおかげで代わり映えのしない風景、脇をビュンビュン走る車。歩く気が失せてくる。 国分寺を過ぎると五日市街道が南に去って、ようやく落ち着きを取り戻す。そしてその日の目的地、水道局小平監視所に到着。清流復活の碑を眺めたり、玉川上水沿川で唯一掘り割りの底にいける場所で、一息入れる。ここから上流は、現役の上水道。流れる水は、まさに私たちが飲む水なのだ。流れを取り巻く環境も変わるだろう。時間もまだある。ここでゴールのはずだったが、拝島まで足を伸ばすことにした。 現役の上水道だけあって、きれいで水量豊かな流れを見ながら歩くのは気持ちいい。そんな精神状態で歩き始めた。しかし、30分ほどでまた飽きた。ここで当たり前の事実に気が付いた。玉川上水は川じゃない。排水溝然としていようが、本来自然河川であった神田川水系の川や他の東京の都市河川には、川としての表情があった。ひるがえって今自分が見ているものは何か。川ではない、単なる水路だ。改めて、いくら人の手が入っていても、川とはなんたるかを知らされた気がする。ゴールの拝島駅が見えてきた。 ラストの5kmは、意外とスムーズに歩けた。途中遊歩道が途切れて、トラックがビュンビュン走る奥多摩街道を歩く羽目になるが、それは承知していたこと。再び遊歩道が始まる加美上水公園からは視界が開けて、すぐそばに多摩川が近づいているのを実感する。羽村の堰は小学校の遠足以来。3回に分けての到達とはいえ、新宿から羽村まで歩ききったことにはとっても満足した。「完歩」って、いい響きだよね。 で、これをコンテンツの一部にしたサイトを神田川逍遙移転後跡地に作りました。よろしければ、どーぞご覧になってください
井の頭線の永福町駅を降りた彼女は、家路を急ぐ。明るい駅前から暗いガード下にさしかかった所で、突然暗がりの中から出てきた男に声を掛けられる。男の声を振り切るように足早にその場を去ろうとする彼女。自分のアパートに着いて、後ろを振り返りながら自分の部屋に駆け込む。冷蔵庫のミネラルウォーターを飲み干して、ほっと一息つく。 なんとなくTVをつけたら、こんな展開を眼にした。あるサスペンスドラマだったようだが、続きは見ていない。彼女が声を掛けられたのは、蔵下橋近くの井の頭線のガード下だった。そして、男を振り切るように神田川の遊歩道を早足で永福橋まで行く。で、彼女のアパートはどこにあるかと言えば、声を掛けられたガードのすぐ先の対岸。この行動は凄い。まず、神泉橋でわざわざ自分のアパートとは対岸の遊歩道へ入っている。それでも蔵下橋を渡ればアパートはすぐそこだ。しかし、渡らなかったがために怖い思いをする。そのうえに、明風橋、栄高橋、ひまわり橋を渡らずに永福橋まで行っている。永福橋のたもとにあるコンビニで助けを求めるわけでもなく…大体、永福町駅からだったら、蔵下橋を回らないでまっすぐ永福橋まで来れるだろうが、などとTVに突っ込む。 ストーリー展開上、実際のロケーションなど無視しているのはもちろんわかっているつもりだ。TVドラマや映画が、実際の地理地形を忠実になぞらえていては始まらないということもわかっている。ただ、TVを見てそこがどこだか瞬時にわかり、ロケーションの矛盾を立ちどころに指摘できてしまう自分に何となく虚しくなってしまった。 こんなサイトを作り始めたおかげで、神田川の風景は結構頭に入っている。他の人が見たら恐らく同じように見えてしまうであろう風景も、もちろんきちんと区別が付く。例えば、目隠しをされて方向感覚を失わされて、いきなり神田川沿いまで連れてこられて目隠しを外されたとしても、間違いなくそこがどこかをすぐに特定できるはずだ。これはこれで自慢をしていいことかも知れない。しかし、くだんのドラマを見て感じた虚しさは、「もっと他に覚えた方がいいことあるんじゃない」という思いに他ならないようだ。 神田川はTVやドラマのロケ現場で結構使われている。最近の話では、環七調整池呑口のすぐ上流で、鑑識課の皆さんが川底にあるであろう凶器を探していた。同じドラマで刑事さんが犯人とそのすぐ上流で格闘シーンを展開していた。俳優さん頭から川に突っ込んでいたけど、大丈夫だったかなぁ。見た目はきれいだけど、大腸菌ウヨウヨの水だよ。 そんなこんなで、神田川の風景をTVで見たりすると、すぐに敏感に反応しちゃう私なのである。そのくせ、神田川沿川が舞台になっていたドラマや映画を挙げてみよ、なんていわれるとあまり思いつかないわけで。結局、「俺たちの旅」なんて答えちゃう自分がまた情けなくなってくるのだ。 とりあえずの幸運は、こうしたTVや映画のロケ隊に川沿いで遭遇しなかったことかも知れない。彼らに出会ったら、間違いなくその区間はこっちの撮影できないもんね。そうしたロケ隊に遭遇したからといって、思いっきり見物するほどミーハーじゃなくなっている。邪魔者に見えちゃうだけなのだ。これも別の意味ですれちゃったかなと気にしていたりもする。
普段の生活では、電車やバスなどの公共交通機関はもちろん、自分で車を運転して移動する。車じゃないとダメ、あるいはバスはどうも苦手などということもない。ただ、タクシーだけは嫌い。どうも、タクシーという交通手段は、移動時間と距離にコストが見合っていない気がする。どう見積もっても高い。高すぎる。そんなわけで、いつの間にか、都内ではタクシーをまったく使わなくなってしまった。東京を離れて出張や旅行で駅からホテルまでなんて時は別にして、とにかくタクシーを使わない。普段は、「タクシー使うぐらいなら歩く」を実践している。 もっとも、タクシーを本当に使わざるを得ない状況というものは、必ずやってくる。2002年の2月に、時間がない、駅から遠い、バスもない、そんな所に行かねばならなくなってやむなく使っている。それ以来、2004年の3月まで、都内でタクシーには乗っていなかった。で、3月に使ったタクシーは、神田川逍遙に関係しているのだ。 桜のページを作るための撮影は、不順な天候に悩まされ続けた。ページのアップそのものを断念しようかと考えたりもしたが、何とかQTVRの素材を撮り終えたのが、3月29日。最後に撮影したのが、栄泉橋のQTVRだった。これで、ようやく終了。家に帰ってオーサリングでもして翌日のアップに…、と考えながら井の頭線の永福町駅まで戻ってきたのが、お昼ごろ。その時、ふっと善福寺川を回ってみようかな、そんな考えが頭に浮かんだ。幸いにも、永福町駅から善福寺川だったらバスに乗っちゃえば指呼の距離。QTVRはともかく、普通の写真だけでも押さえておこう、そう考えて和田堀橋(環七)までバスに乗った。 桜の写真だけとりあえず押さえればいい、いつもよりも早いペースで善福寺川を歩いた。しかし、ページの構成を考えると何か弱いなぁ、と思っていた。善福寺川を入れるのなら、妙正寺川の風景も欲しい。妙正寺川の風景があれば、ページ構成上もよくなる。そんなことを考えながら、善福寺池に到着する。午後3時ごろだった。 ここで、しばし思案。季節は陽がようやく伸び始めた春先。撮影はどう頑張っても、午後5時が限界。善福寺池から妙正寺池まで直線距離で約3km。歩くと40分くらい。バスを乗り継いでいけば、少し時間を短縮できるが、バスの便は少ない。妙正寺川を歩くのは今日は無理かな、と考えながらバスを待っていた。そこへやってきた、一台のタクシー。もちろん、空車。空車などめったに来ない場所だったこともあり、反射的に止めてしまった。タクシーなら、10分かからない。こんなことのためにタクシー使っていいのか、と車内で葛藤しながら妙正寺池へ。2002年以来のタクシー乗車の機会は、まさに思わぬ形で訪れた。「神田川の桜2004」のフォトギャラリーは、こうして完成した。
kanda-gawa.comへの引っ越しを終えて、TVで暮れの風景なんぞを眺めていた時、週間天気予報が気になっていた。29日と大晦日に積雪がありそうな雪が降る。29日の雪は、積雪を意識するほどのものではなかったが、31日には10cm近くの積雪があるかも知れない。私の正月は、2日に墓参に行く以外は何もしない。コンピュータの電源も入れない。これが三が日のスタイル。でも、このスタイルをちょっとだけ崩すことにした。 今までに、何枚もの神田川の写真を撮ってきたが、雪の風景だけはない。東京で雪が降ったことは何度かあったが、撮影する時間は作れなかった。でも、元旦なら行ける。積雪があまりない東京に住んでいる身としては降雪は歓迎すべき天候ではない。でも、久しぶりに「降れ降れ」と思っていた。 大晦日。予報通りの雪となった。雪の日にしては、気温が高いのが気にはなったが、積雪を予感できる降り方。雪の正月を期待して、一応カメラの寒冷対策などもチェックする。遅い午後、ちょっと外へ出てみると東京産じゃない東京人の皆さんがいなくなったせいか、白く静かな世界が広がっていた。普段ならこの程度の雪なら、クルマや人の通行で雪なんかどっかにいっちゃうが、今日は雪として積もっている。しめしめ、である。ところが、夜になろうとする頃、雨になった。これはまずいなぁ。雨音さえ聞こえてくるじゃん。その雨もじきに降り止んだ。天気が気になって仕方がない。予報では放射冷却で気温が下がりそう。少なくとも、バリバリに凍るだろう。これなら、明日一日は何とかなるはずだ。 で、どこに行くかを検討する。いくら雪があっても川に近づきすぎると雪の風景にはならない。白い部分が多く写せる所に行く必要がある。結論はこうなった。まず、お茶の水に行く。トップページに載せている右側の写真だ。写真左側の中央線の線路は、午前中は陽が当たらない。だから、白いままだ。対岸の崖には、人が入り込むことができない。陽が当たるけど、少しは雪は残るはずだ。そして、撮影した写真と差し替える。お茶の水で撮影したら、中央線で吉祥寺に向かって、井の頭公園から時間と状況が許す限り歩く。 これが基本計画。迎えて元旦。天候は申し分ない。でも、家の回りには予想以上に雪がない。とりあえず、中央線でお茶の水に向かうが、状況が気になって仕方がなくガラガラの車内でも座らず車窓をチェック。しかし、お茶の水と同様の状況になる市ヶ谷の堀沿いのあたりで絶望。日の当たらない線路側もものの見事に雪がない。お茶の水で電車は降りたが改札口は出ないでUターン。こうなると、時間がたてばそれだけ雪がなくなるという焦燥感すらでてきた。どこに向かうべきか、頭をフル回転させる。まずい、知恵熱で雪が溶けちまう。 結局、井の頭線の永福町駅まで行き、そこから上流側へと歩くことにした。しかし、川沿いにでた時に絶望。日陰の右岸には雪が残っているが、左岸の遊歩道はもう完全ドライ。仕方なく、シャッターを切るには切ったが、もう雪の風景なんてありゃしない。高井戸ではもう面倒くさいと、カメラをしまう。でも、降雪のおかげで川の水はちょっと増えていて、流れはきれいだからと歩くことにした。ただのお散歩になってしまったが、まぁ気持ちよく歩けたからよしとしよう。 家に戻って夜のTVニュースに突っ込む。「どこが雪の正月なんだよぉ。」
編集後記的な内容をblogで、などと書いているけども自分で読み返してみると、あんまり後記じゃない。前回のQTVRがらみのネタは、明らかに前記になってしまう。でも、今日のは正真正銘混じりっけなしの後記なのだ。 ジオシティーズに本拠を置いて、サーバ容量がオーバーする分を.Macに置く。これが今までのスタイル。長ったらしいURLはもちろん何とかしたかった。で、kanda-gawa.comを取得。ちなみにkandagawaは、あらゆる属性でもう取得されていたので、ハイフォンに入れたのだ。でも、沿川に行政機関が建てている標識を見る限りは、欧文表記はkanda-gawaになっているから、堂々と使ってやることにした。サーバに関しては、ひとつのサーバでなくてもいいじゃないか、と言われる方もいるかも知れないが、サーバ違ってURLが違うと別のサイトと思われてしまうことがある。これはどうしてもイヤだった。 単なる引っ越しだけなら、サーバにファイル移すだけなんで1時間もかからないけど、どうせならちょこっといじろうかと、ページデザインを変えてみた。トップページにもはや江戸名所図会の掲載はできないので、まずトップページのデザイン変更。これは必須。トップページだけ変えてリニューアルでござい、みたいに振る舞うサイトが多いけど、こうした態度は大嫌いなので、主要ページもそれなりのリデザインをしてみた。不思議なもので、こうした作業をしていると、「あんなことやってみたい」「こんなページはどうだろう」なんてアイデアがでてきてしまう。形にできるのは、思いっきり先になるだろうが、よしよしネタ切れ回避なのである。 だから、記事展開を変えたための増ページ(江戸名所図会です)を除けば、まったく新しいページは僅かに1ページ。神田川水系の項にある「神田川の四季」である。ところが、このページの原稿は外伝用に書きためておいた内のひとつ。言ってしまえば、格上げである。ほとんど直しを入れずに、「採用ぉ〜〜」というわけだった。すると、卑しい根性が頭を持ち上げるわけで、サイト本体で使えるやつ他にないか、とすべてをまた読み返してしまうわけで…なかった、残念。 嬉しかったのは、この外伝のページやサイト本体で告知をしておいたおかげで、28日そして翌日には非常に多くの方が、新居をご訪問していただいたこと。ついでに、ある検索エンジンではもう新URLが拾われたこと。改めて、神田川逍遙を訪れていただいた全ての方に感謝の意を表します。 ありがとうございました
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